2006年05月05日
コメディノロジーの基礎理論(追っかけ理論)
コメディノロジー において、テクニック以前に学ばねばならないのが、
コメディノロジーの基礎理論です。
世界に存在するあらゆるモノが原子という最小単位から成り立っているように、
あらゆるコメディには、等しく共通する成り立ちの基本構造があるのです。
コメディノロジーにおけるコメディの基本構造の第一理論は「コメディ=追っかけ」です。
『トムとジェリー』という作品を例にとって説明してみましょう。
この作品は、「猫がネズミを追いかける」という極めてシンプルな設定がベースにあります。
誰もが子供の頃、
猫のトムに追いかけられて壁際に追いつめられるネズミのジェリーを見てハラハラドキドキしたり、
頭のいいジェリーに逆にやりこめられたトムを見て気の毒に思ったり、
休み間もなく永遠のライバルが繰り広げる「追っかけ」に見入ったことと思います。
追っかけの映像には、シャンパンの瓶が大砲になったり、
ノックアウトされたトムの口が鳩時計になったりといった楽しいギミックが散りばめられていました。
二人の作家コンビ、ハンナ&バ−バラのイマジネーションの豊かさには脱帽ですが、
この作品が、あまりにもコメディの本質をとらえている点についても驚嘆を覚えます。
この作品の根底にあるのは、
「絶えずネコに追われるネズミには安息の時はなく」
「ネズミを追い続ける宿命を持つネコにも安息の時は来ない」というシビアな認識です。
つまり、ネズミはネコに追われ続け、ネコは宿命に追われ続けるのです。
その「追っかけ」という逃れられないゲームの中に、私たちもいます。
ごくシンプルに、人間をネズミに置き換えてみると、人間は本物のネコに追われたりはしませんが、
たとえば、
経済的な不安、病気の不安、老いや死、嫌いな上司、仕事のノルマ、住宅ローン、
にわか雨、眠気、空腹などなど、さまざまなネコのアナロジーに絶えず追われ続けているのです。
私たち人間は、絶えず何かに追われているネズミのトムと同じなのです。
「追われていない時はない」という逃げ場のない認識は憂鬱です。
しかし、そんな人間存在の真実をポジティブに描くところから、良質のコメディが生まれるのです。
そして、
英語圏の優秀なコメディライターたちは、あらゆるコメディの脚本を書く前に、
必ず、
①「どんなネズミ(人物/キャラクター)が」
②「どんなネコ(状況/シチュエーション)に」
③「どう追われるのか?」
これらの3要素を明確に設定するのです。
そして、
現実の世界=コメディとして眺めるコメディノロジーにおいても、
ある現実を前にした時は、
まず、その現実の中に存在する「追っかけ」の構図を見抜くことから全てが始まります。
By Yasunari Suda:2006年05月05日 15:18
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コメント
このトムとジェリーに例えた人間の人生...。
凄く分かりやすくて旨く表現なさっているな...素晴らしいな...と思いました。
改めて自分は今どんな猫ちゃんに追いかけられているだろうか?
そうかねずみちゃんを追っかけているだろうか?と考えました。
人間は猫とねずみと両方になるバランスも大切だな...なんて感じました。
今の悲しい一部の大人は猫ではなくトラになって容赦なく追い込み、そしてねずみちゃんの変わりに猪ぐらいになって隠れる事も上手にできずに走り回ってどこかに追突して周りに迷惑かける大人や事柄が増えてきたような...。
この文を読んで、辛い時があっても人生はねことねずみでありたい...辛さの中でも面白さをみつけたい...と思いました。(*--*)
素敵な文をありがとうございました。
投稿者 ERIKO:2006年05月12日 00:05
