2006年05月31日
ソフトパワーとしてのコメディ
最近、「ソフトパワー」という言葉を見聞きすることが多くなりました。
「ソフトパワー」とは、クリントン政権の国防次官補を勤めた
世界的に有名な国際政治学者、ジョセフ・S・ナイ教授が提唱しているキーワードです。
その意味するところは、
軍事力や経済力などの強制的な力=ハードパワーの行使によって
欲望を満たしたり望みをかなえる時代は過去のものとなりつつあり、
これからは、文化や価値観に基づく魅力=ソフトパワーによって
相手の行動に影響を与え、自らの目的を達成する時代だというのです。
実は、コメディ=笑いは、昔から人間社会で用いられてきた典型的なソフトパワーでした。
お金や武器などのハードパワーに縁のない庶民が圧政に「NO!」と言ったり、
ストレスのガス抜きをしたりするために、笑いの力は、積極的に活用されてきたのです。
紀元前の例を取ると、
古代ギリシアの劇作家アリストファネスは、
戦争に明け暮れているスパルタの男たちに呆れ返った女房たちが、
「戦争をやめるまでセックスはお預け!」と、
破天荒なセックス・ストライキを敢行する喜劇『女の平和』を発表して、
大らかな笑いをもって戦争の愚かさを浮き彫りにしました。
春秋戦国時代の中国には、
全土に経済力と兵力というハードパワーによって全国制覇を狙う野心ギラギラの諸侯、
日本でいう戦国大名みたいな強者たちが大勢いました。
同時に、それら諸侯たちに策を説く遊説家たちも大勢いました。
遊説家たちは、自らが理想とするユートピアの実現のためや出世欲を満たすため、
気の荒い一国一城の主たちに果敢に面会を申し入れたといいますが、
血の気の多い諸侯たちを言葉だけで口説くのは命がけだったはずです。
が、そんな修羅場を切り抜けるために用いられたソフトパワーがコメディ=笑いでした。
できる遊説家は、諸侯の前に出ると、まずは笑話を連発して、
戦国の世を生きる諸侯の猜疑心に満ちた冷たい心を解きほぐし、
悪鬼のような形相を笑顔に変えて、
それからやっと、
じわりじわりと自分の意見を売り込むという高等テクニックを試みました。
(笑話がウケなくて、ひどい目にあった遊説家もいたはずですが)
たとえば有名な韓非子の書物などは、そういった笑話がいっぱい。
たとえば、次のようなものが収録されています。
(韓非子のジョーク・その1)
衛の国の人が、夫婦で神様に願をかけ、
女房が「どうぞ百束の布を授けて下されませ」と祈るのを亭主が聞いて、
「ばかに少ないじゃないか」と咎めると、
「これより多いとお前様が妾をかいなさるでしょう」(『韓非子』「内儲説篇」)
(韓非子のジョーク・その2)
鄭県の卜子というもの、その妻にズボンを作らせた。
妻が「こんどのズボンはどんな風にしましょう」と聞くので、
「前のと同じに作ってくれ」というと、妻は新しいのをめちゃくちゃにして
(穴やほころびまで)古いズボンの通りにしてしまった。(『韓非子』「外儲説篇」)
その1は、女房に微塵の信頼もされていない“どうしようもないダメ亭主”のお話。
その2は、吉本新喜劇に出てきそうなトンデモないバカ女房のお話。
その骨格を利用して、アレンジすれば、現代でも笑いを取れそうな笑話です。
韓非子は、このようなネタを振って場を和ませながら、
血なまぐさい諸侯へのプレゼンテーションを有利に運んだのです。
それらの笑話は、戦国の世を旅する間に、
庶民が巷で語っていた面白い話を収集したものでした。
ハードパワーにソフトパワーで対抗したケースは、他にもたくさんあります。
例えば、東西冷戦の時代に旧ソ連に軍事力で押さえつけられていた旧東欧では、
数えきれないほどの風刺ジョークが草の根で語られました。
(旧東欧ジョーク・その1)
ハンガリー人とロシア人の会話
ハンガリー人「こんど我が国に海軍省ができるんだ」
ロシア人「でも、君の国には海がないじゃないか?」
ハンガリー人「でも、君の国には文化省があるじゃないか!」
旧ソ連から自由になった後は、新しい支配者についてのジョークが
語られました。
(チェコ・ジョーク・その1)
ある日ハヴェル大統領が妻に言った。
「なぁおまえ。たまには料理をしてくれないか?
そうすれば公邸料理人をクビにできて出費が減るんだよ」
新妻は答えた。
「いいわ、わかったわ」
またある日ハヴェル大統領が妻に言った。
「なぁおまえ。たまには掃除をしてくれないか?
そうすれば公邸の掃除婦たちをクビにできて出費が減るんだよ」
新妻は答えた。
「いいわ、わかったわ」
それから数日たったある日、妻がハヴェル大統領に言った。
「ねぇあなた、少しは夜の生活を頑張ってくださらない?
そうすれば公邸のガードマンたちをクビにできて出費が減るわ」
「勝ち組」「負け組」という言葉が一般的になるにつれて、
「日本社会における戦後の一億総中流幻想時代が消滅し、
アメリカ型の階級社会化が進んでいる」という意見が
声高に語られるようになってきました。
「勝ち組」「負け組」とは、すなわち、「持てるもの」「持たざるもの」のことですが、
「持てるもの」が行使する経済力や政治力などのハードパワーに
「持たざるもの」が笑いというソフトパワーで対抗する例も
歴史を振り返ると様々なパターンが観察できます。
21世紀になっても世襲制の貴族院が国会にあるイギリスは、
近代以前からの階級制度が残存する国として知られています。
労働者階級出身者の中には、
そんな母国の階級制度をインドになぞらえて「カースト制度」だという人もいるほどです。
しかし、社会に閉塞感を与えるはずの階級制度が、
同時に笑いのネタになるという逆説的な状況が、イギリスには存在してきました。
ビートルズのジョン・レノンは、女王陛下が訪れた天覧ライブで、
曲が終わると、こう言いました。
「お金のない人は、手を叩いて拍手してください。
お金を持っている人は、手を叩いて宝石を鳴らしてください」
このウィットに富んだ一言は、マスメディアに取り上げられ、
常日頃から王室や上流階級に不満を持っていた多くの国民の溜飲を下げたといいます。
また、コメディ界のビートルズと呼ばれる英国のコメディ・チーム、
モンティ・パイソンは、
大英帝国の黄金時代のシンボルといえるビクトリア女王が
競走馬の代わりに競馬場を激走する『ビクトリア女王記念特別レース』というコントを
公共放送のBBCで放送させるなど、数多くの笑いで「持てるもの」を標的にしました。
(標的にされながらも尚、チャールズ皇太子は、パイソンのファンであったといいますが)
日本でも『ミスター・ビーン』のキャラクターで有名なローワン・アトキンソンは、
1970年代後半から80年代にかけて、鉄の女、マーガレット・サッチャーが
首相を勤めた時代に『ノット・ザ・ナインオクロック・ニュース』という
「9時のニュース」のパロディーを作りました。
NHKでいえば教育チャンネルにあたるBBC−2で、
BBC−1の『9時のニュース(ザ・ナインオクロック・ニュース)』の裏番組として
放映され人気を博しました。
同番組には、
次のようなサイト・ギャグ(台詞のないビジュアルのギャグ)が多く収録され、
未曾有の不況で20%を超える失業率に悩まされていた国民を笑いで癒しました。
「マーガレット・サッチャーが専用機の室内で真剣な表情で雑誌を読んでいる。
さぞかし難しい政治か経済の雑誌かと思いきや、
次のカットでアップになるのは、素っ裸のマッチョマンの写真だった」
「エリザベス女王が笑顔で望遠鏡を覗き込んでいる。
素晴らしい文化財でも見ているのだろうと思いきや、
ペニスケースを付けて踊るニューギニア先住民男性たちだった」
イギリス以外では、
銃社会アメリカやブッシュ大統領をコメディタッチのドキュメンタリーで批判する
マイケル・ムーア監督の作品もソフトパワーとしての笑いが効果を挙げている好例です。
また、現在の世界におけるハードパワーの代表選手といえば、
間違いなく世界中を股にかけて利潤を追求する多国籍企業ですが、
カナダのバンクーバーで発行されている英語圏で人気の雑誌『アドバスターズ』は、
そんな大企業の傲慢な在り方を笑いで切ることで有名です。
近年評判となったのは、スポーツ用品メーカーのナイキから巨利を得る
プロゴルファーのタイガー・ウッズが満面の笑顔を見せている写真です。
にっこり笑った口元がナイキのロゴマークと同じカタチになっているという
ビジュアル・ギャグが仕掛けられたのでした。
武器や金というハードパワーに対向するソフトパワーとしてのコメディ。
素敵なアイディアだと思いませんか?
By Yasunari Suda:2006年05月31日 17:06
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