2006年05月28日
日本のTVをレーガン大統領に喩えてみる
ニッポンのTVは、重要なことを充分な時間を割いて伝えない。
前の個人情報保護法案の時は、
白装束の集団の映像を延々と映していたのが記憶に残っている。
現在は、教育基本法の改正や米軍再編問題、そして共謀罪の問題(微笑)など、
国民が皆で考えなければならない重要案件が、
お笑いタレントの恋愛や、カルガモ親子の行進や、
丸の内の美味しいチーズケーキなどの話題のおかげで、霞んでしまっている。
まったく大変に深刻な事態である。
ニッポンは、どんどん駄目な国になってしまうようだ。
が、しかし、そんな駄目なニッポンが、
コメディノロジー 的には、オイシイ、激ウマであったりする
それは、ニッポンのTVを人物に喩えてみると明らかになる。
重要でないことに多大な時間と労力とアイディアを注ぎ込み、
重要なことを、やる気なく、簡潔に、工夫をせずに、さらっと伝える。
そんなTVをコメディノロジー・テクニック ④ の用いて、
たとえば、人物に喩えてみると、
・ ガン患者を診察しているのに、野球の話ばかりしている医者。
こんな恐ろしいコメディ・キャラクターが想像できたりします。
しかし、セレブの現代史(文春新書/海野弘・著)を読むと、
故・レーガン大統領以降のアメリカ大統領も、同じようなキャラであることに気づきます。
ハリウッドから政治に活躍の場をシフトした故・レーガン大統領の仕事を
実質的に取り仕切っていたのは、優秀なスタッフたちで、
レーガン大統領は、大衆をつかむためのパペットの役割を演じ、
具体的な政治は、スタッフたちが動かしていたと言われています。
だから、難解&デリケートな案件を大勢の記者に囲まれて発表するのは、
プロのスポークスマンが担当しており、
レーガン大統領が、そのような修羅場に立つことは制限されていたといいます。
(たまに、そのような場で喋ると失言することが多かったですね)
1985年にレーガン大統領がPLO(パレスチナ解放機構)のことで失言した時、
すぐにスポークスマンが、
「大統領の発言は、レーガン政府の公式見解ではありません」と発言しましたが、
これは相当のコメディですね。
そして、重要なことに余り時間を割かずに、
大衆をつかむパフォーマンスをメインに活動していたという意味で、
レーガン大統領は、ニッポンのTV に喩えることが可能なのです。
「大統領の発言は、レーガン政府の公式見解ではありません」を
コメディノロジーの方程式にしてみると、
「 A の発言は、 A (がトップを勤める組織)の公式見解ではありません」
となります。
二箇所の「A」に、いろんな言葉を当てはめてみましょう。
「小泉首相の発言は、日本政府の公式見解ではありません」
「私の発言は、私の脳味噌の公式見解ではありません」
「金総書記の発言は、朝鮮労働党の公式見解ではありません」
「テポドンの発射は、北朝鮮の公式活動ではありません」
なんとも、コメディの香りがしてきましたね。
by 須田泰成 公式サイト
By Yasunari Suda:2006年05月28日 18:29
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